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第177回 セカイを科学せよ!

わが店主のモットーは「科学に心を開け」なのです。ちょっと似てなくもない、タイトルに惹かれ手に取りました。ミックスルーツの少年少女の悩み、イメージに惑わされず本質を探究すること、テーマがてんこもりですがよくまとまったこちらの児童文学をご紹介いたします。物語を牽引する山口葉奈さん(中2)がとっても魅力的。生物学の知識も面白い!
ページ最初の引用文も皮肉が効いて面白い。
『常識とは、十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことだ。 _アルベルト・アインシュタイン』

「セカイを科学せよ! (文学の扉)」 講談社 2021年10月発行 239ページ
安田夏菜/著者 内田早苗/挿画・挿絵

主人公・中学2年生の藤堂ミハイルは、両親がロシア人と日本人。ぱっと見、白人系の外国人に見えます。日本で育ち自分は日本人だと思っていますが、みんなと同じ東洋系の顔立ちではないため外国人と言われ、学校で疎外感を感じています。しかも彫りの深い端正な顔なので目立ちます。
目立つから攻撃される。攻撃されなくするには、自分を押し殺して生きるしかない。自分はいったいナニモノなのかわからず、悩み苦しんでいます。
そんなミハイルのクラスに、山口アビゲイル葉奈が転校してきた。アフリカ系アメリカ人と日本人の両親を持ち、カーリーヘア、ぽってり厚めの唇、そしてお肌の色はちょっとミルクをいれたコーヒー色。ジャズシンガーのような低い声。うーん、そうですよね、やはり注目してしまいますよね。
アフリカ系アメリカ人と言えば・・・運動神経抜群で、テニスやバスケは大得意、ヒップホップも踊れちゃう、もちろん英語はペ~ラペラ。そんな予想は大外れ。
山口さんは最初の自己紹介で、運動神経ゼロで、日本生まれ日本育ちだから英語は話せない。その上、「蟲(ムシ)」が好きだと熱心に語ります。「アフリカ系アメリカ人」のイメージをいきなりぶっつぶしました。
※蟲とは、昆虫はもちろん、爬虫類・両生類・甲殻類なども含む小さな生き物たちのこと。

虫がみっつの蟲の字面の圧力と、ムシへの愛の熱量の高さが、クラスのみんなをひかせてしまい、いきなり孤立してしまう山口さん。
でも、元気です。すごく元気。ミハイルの所属する科学部・電脳班の隣りで、生物班を復活させ、小さな生き物たちを飼育しはじめます。最初はカナヘビ、ワラジムシ。その次はなんと、ボウフラとハエトリグモ。
ミハイルは、出てない杭は打たれまいと人の気持ちに逆らわないよう自分の気持ちを押し殺すことを選びました。山口さんはその反対で、堂々と自己主張をします。孤立しても、虫が好き!を押し通す彼女の不器用さに苛つきながらも、目が離せない。自信を持って突き進む彼女が羨ましいんですよね。
ミハイルも一時、孤立したことがあり、そのときは寂しさ・苦しさを押し殺し平気なふりをしました。その経験からわかるのだけど、一人でいる山口さんはほんとに楽しんでるように見えます。木につく虫をルーペで見たり、教室で一人の時間を過ごす読書もフリじゃない。
でも本当はどうかな?科学部の部活動を通して、彼女に関わることで、本当はちょっと違うことに気がつきます。
「ヒトの心の中って、宇宙や深海よりも観測が難しいから(P.236)」
科学でのみ把握することの難しさも描かれてます。悩みは人によって違いますし、大きい・小さいの測定もできやしません。元気に自己主張する彼女だって、悩みはもちろんあるんです。例えばお父さんのこと。辛くて悲しくて泣くこともあります。でもでも頑張る彼女が魅力的で素敵です。彼女の魅力に引っ張られ応援する科学部の部員たちも、スゴクいい味だしてます。山口さんのお母さんが、彼女が生まれたこと、お父さんのことを説明した話は、なかなかなエピソードでとても切ないのですが、失礼と思いつつもちょっと笑ってしまいました、ゴメン!
肌の色や顔立ちなどの見ためのイメージ、虫や爬虫類は気持ち悪いというイメージ、人から聞いた噂でできあがったイメージ。イメージに頼ると物事の本質を見失います。
タイトルの「セカイを科学せよ!」とは、物事の本質を探究するということ。
科学とは、「物事の本質についてこうではないかと考え、その考えが正しいかどうかをデータや論理を使って検証する行為(P.146)」なのです。

生物学の知識がたくさん散りばめられて良い本でした。
わたしも昆虫がちょっと苦手ですが、山口さんの生物学の知識を聞いていると、楽しくなってくるんです。カナヘビやワラジムシのことを聞いて、気持ちが明るくなるって、嘘みたいですが、本当!よろしければ、お手にとってみてくださいませ。
紹介された生物学などの知識、少しかいておきます。
「カイモンコーモクカーゾクシュ/生物の分類方法:界・門・綱・目・科・属・種(生き物図鑑によくでてくるヤツですね。)のこと。わかりやすい説明です!
人間には外来種・在来種はなく、生物学の分類として同じ一つの種。「哺乳綱霊長目ヒト科ヒト属ホモ・サピエンス種」
人間の細胞は三十七兆個もあって、2年ですべてが入れ替わること。
マクロレンズを使わない、スマホでミジンコの様子を撮影する方法は、実際にできるそうです(奥付にその方法を記載のサイトが紹介されています)。

作者の安田夏菜さんの他の書籍もご紹介。虫・動物のこと、ひとり親家庭・生活困窮する家庭のことをテーマにかいておられます。あと落語も。
「あしたもさんかく:毎日が落語日和」「あの日とおなじ空」「ケロニャンヌ」「むこう岸」「なんでやねーん!おしごとのおはなし お笑い芸人」「みんなはアイスをなめている:おはなしSDGs 貧困をなくそう」など

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第133回 小学6年の微妙な人間模様を描いた名作

小学6年女子のちょっと複雑な人間関係や、虫好き女子の孤独な気持ち、男子のちょっとエッチ発言、褒めたつもりが逆に相手を傷つけてしまうこと、体のこと、教室でよばれるニックネームのこと。いろんなことが起こる小学6年2組の一年間のおはなしです。

「ゆかいな床井くん」 講談社 2018年12月発行 185ページ
戸森しるこ/著者 早川世詩男/画

主人公は、三ヶ田 暦(みけた こよみ)、小学6年生の女の子。
床井 歴(とこい れき)、同じクラスの男の子。
主人公の暦は、クラス内の人間模様を観察するのが好きらしい。波風を立たせないように気遣いをしてちょっと考えすぎてしまう、そんな女の子です。「みけたこよみ」だから暦をミケと呼ぶ床井くん。ボケというか言い間違い?が多いが、素直で明るくて人の気持ちを汲み取るのがじょうずな少年。ゆかいな床井くんのテンポ良い会話が読んでいてとても楽しいです。

床井くんは、クラス内で起こる事件や対立が起きそうなことを言ってしまったクラスメイトの気持ちをうまくくみ取ります。なぜそんな発言をしたのかその人の気持ちになって、胸の内を察する優しい子です。
暦は、ちょっと考え込みすぎな女の子ですが、床井くんのおおらかで楽しい発言や考え方にやすらいでいます。床井くんの言葉を素直に受けとる暦もなかなか素敵とおもいます。

人によって捉え方や感じ方が違うことを気づかせてくれる床井くんはほんと優秀。小学6年生とはちょっと思えない気遣いや思いやりがすごい。けれどそんな床井くんも涙することがあるんです。「明日からどうやって生きていけばいいんだろう」と、給食の時間にぽろぽろと涙をながしはじめる床井くん。その理由に泣き笑いしてしまいました。給食を食べながら思いをはせる子どもたち、良いクラスですね。

「ミケが笑った。今日はきっといいことがあるな」そんなことをさらりと言う床井くん。それは惚れちゃいますよねえ~。
暦の床井くんを好きだという気持ちも、爽やかで胸キュンで良いですね。戸森しるこさん、ずっと追いかけたい作者さんです。みなさまもよろしければお手にとってみてください。

著者の戸森しるこさんは、他著書に
「ぼくたちのリアル」幼馴染でクラスの人気者の璃在(リアル)、リアルと比較され自信を持てない渡(ワタル)、そして美形男子の転校生サジ、それぞれの悩みをみんなで乗り越えていく。著者のデビュー作、こちらも面白かったです。
「十一月のマーブル」「理科準備室のヴィーナス」「レインボールームのエマ(おしごとのおはなし スクールカウンセラー)」「ぼくの、ミギ」 などがあります。



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第131回 ルッキオとフリフリ まぐろを知らない猫たち

「ルッキオとフリフリ おおきなすいか」 講談社 2014年発行 36ページ
庄司ナホコ/作

長毛で黒猫のルッキオが兄貴分、白地に黒の斑模様のフリフリが弟分。毎日の食べ物にちょっと事欠く(つまり貧乏な)二匹の猫たちが主人公。のぞみは就職(つまり家猫になる)し、マグロをたべること。
そんな猫たちの物語です。
畑のわきにできた大きな大きなスイカで一儲けしようと、
浜辺に売りに行ったのですが・・誰も買ってくれません。仕方なく持って帰っていると、スイカが坂をゴロゴロ転がりだして・・!?

貧乏な猫という設定に驚きます。すごい想像力ですねえ。
マグロの缶詰を知らない=食べたことがない、というほどの困窮具合に共感してしまい、この二匹がどうにも愛おしくってたまらなくなります。兄貴分として頑張るルッキオにいさんがわたしは好きです。
挿絵がたいへんかわいらしい。
ふたりのおうちの中を眺めてみると、物はたくさんないけれど、壊れた足を修繕したテーブルや繕ったかわいいテーブルクロスで飾られています。ものを大事にして暮らしている生活がひしひしと伝わります。そんな二人がますます愛おしくなります。
続編が2冊でています。
「ルッキオとフリフリ はじめてのクリスマス」「ルッキオとフリフリ おやしきへいく」



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第119回 お風呂の歴史

「絵で見る おふろの歴史」 講談社 2009年10月発行 32ページ
菊地ひと美/文・絵

お風呂に入るって面倒だなーと子供のころから思ってましたが、髪や体をきれいに洗ってさっぱりすると、お風呂ってサイコーだな!という気分にたちまち変化したものですが、いい年になった今でも最初は面倒だなあ派です。
けど、銭湯は結構好きなのですよね。家のと比べたらプールみたいに広い湯船や洗い場がうれしい。寝そべってゆったり入れたり、電気ぴりぴりする湯船があったり、ユズが浮いてたりと、いろんな湯船で楽しませてくれるところもありますし。けど、サウナは入れない。当たり前なんだけど熱い上に狭くて圧迫感がなんだか怖いのですよね。
で、この絵本はお風呂の歴史です。
奈良・平安時代(およそ西暦700年~1200年)のお風呂は、洞窟風呂。小さな洞窟で火をたいて水を含ませたむしろをしいて蒸気をおこします。そして洞窟お湯につかるのではなく、蒸気で汗を流したのだそうです。の入り口に木の板で蓋をするのだそうです。サウナですね。お湯につかるのではなく、蒸気で汗を流したのですね。
お湯を沸かすには、広い場所や燃料がたくさん必要で、お金がかかります。
このころ、お湯につかるお風呂は、天皇、公家、大名などだけだったのです。一般的には蒸し風呂が長い間主流だったのですね。
お湯で入るお風呂が浸透したのは、江戸時代中期頃(1700~1750年頃)だそうです。
お湯のお風呂が浸透するまでに、いろんなお風呂がありました。お寺が蒸し風呂を作って人々に使わせてくれる「施浴」といったものもあったようです。船に浴室を備えた移動式のお風呂、お寺・神社や花見する行楽地などに大きな木桶を運んでお湯を張る、という商売もあったんだそう。

今は、ガスや電気ですぐお湯が出て体をあらえます。すごく贅沢なことなんだなあ。
こういう「モノ」の歴史の絵本も、面白いものです。



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第113回 クマがマジック

「マジシャンミロのふしぎなぼうし(講談社の翻訳絵本)」 講談社 2009年7月発行 32ページ
ジョン・エイジー/作 石崎洋司/訳
原著「MILO’S HAT TRICK」 John Agee 2001年

ミロはマジシャンです。けどあんまりマジックが上手でない。ぼうしからいろんなものをとりだすマジックは特にひどい。あんまりヘタなので、くびにされそうなのです。と、そういうはじまりからして面白い。
ぼうしマジックのタネのウサギをつかまえに森へでかけ、クマに出会ってしまいます。なんとぼうしに入ることができるクマです。入る秘訣をウサギにおそわったんだそう。ぼうしからクマが顔をだす絵のインパクトったら。
ところがミロがクマのはいったぼうしをなくしてしまいます。たいへん!クマがミロをさがして町を歩くシーンも面白いです。協力的なクマがかわいらしいですね。
なんとかショーに間に合ったクマとミロはマジックを成功させ、大喝采をあびます。
けれど、ぼうしからぼうしへとびうつる芸は疲れます。ぐったりしているクマがかわいそう。ミロは相棒のクマを森へもどします。春まで眠る、と言っているので冬眠もしたかったみたい。マジックできないミロはさあこれからどうしたらいいんだろう、とこれから先は言っちゃあダメとカバー前見返しにかかれていますので、よろしければ絵本を手にとってみてください。

ちょっと変わったセンスのジョン・エイジーのお話が楽しいです。不思議なほうへ話がいってしまう。どうなるどうなる?とページをめくってしまう、面白さ。挿絵の線がちょっと雑なかんじが味をだしている。(余談ですが「団地ともお」小田扉の漫画をおもいだします。小田扉さんも変わったセンスの話をかかれます。)
他の作品「ぼくのサイ」「うちゅうじんはいない!?」「飛行士フレディ・レグランド」もにんまりしますよ。特に「フェリックス・クルーソーのふしぎなえ」のおしまいにどきりとしました。
続けて読んでいきたい作家さんです。