「はるかなアジアの高原」が舞台です。王が娘の婿を探しています。
王女あるいはおむこさん候補が知恵をしぼってうんぬん・・というよくあるとおりに話がすすまない、ちょっと変化球なお話なんです。
このお話の原著は1976年。40年以上も前のお話なのに新しく感じるというのは、なんだか寂しいものがあります。

「王さまのうま」 ほるぷ出版 1980年1月発行 32ページ
マイケル・フォアマン/作 じんぐうてるお(神宮輝夫)/訳

はるかなアジアの高原に、ひとりの王女さまがおりました。
金髪で、色白で、ほおにほんのり赤みがさしている、そんなかわいい娘ではありませんでした。
髪が黒くて、おはだも浅黒い、大きなひとでした。お城ぐらしが退屈で、馬に乗って高原を駆けめぐっている、そんなひとでした。
王さまがお婿さんに選んだ、国で一番のお金持ちに会ったとたん、からからと王女が笑い、階段の下へ投げ飛ばしてしまいました。「お金なんか関係ありません。尊敬できる人、私より強い人でなくては、結婚しません!」
そう、王女はとてもとても強かったのです。

さっさと娘を結婚させ片付けたかった王さまは、レスリング大会をひらくことにしました。娘をレスリングで負かせそうな男を、遠い遠い国々まで大募集します。対戦方法が、トーナメント形式ではなく、王女と一対一で戦うってのは、負担が大きくてたいへんそうですが、なんだか面白いです。ただし負けた際は、馬を100頭さしださねばなりません。なかなか抜けめない王さまですよね。ゼッタイ手放さない!というようなお父さんよりはまあマシでしょうか。
屈強な男たちを相手にリングで勝ち続ける王女さまでしたが、ある日、貧しいが姿の美しい若者がやってきます。「私は貧しい木こりの息子でございます。負けたときに差し上げる馬も、100頭どころか、1頭もございません。けれども、私は王女さまと試合をしたいのです。」
この実直そうな男なら勝つだろう。強すぎて誰も勝てない娘をはやく片付けたい王さま、有頂天。木こりの男と結婚して思い知るがいい・・と、試合することを許します。

見物人たちも、この試合には何か特別なものがある・・と感じとっていました。
王女と若者は、リングでがっしりと組みあい、そのまま動かなくなりました。ほんとうに姿の良い若者でした。王女は、若者の顔をじっとみました。
そして・・・
いつもどおり、ひねってたたんでおしつぶしてもみくちゃにして、リングの外へと投げ飛ばしてしまいます。
予想外の行動に読む度に笑ってしまいます。

この時の見物人たちの表情に明るさはありません。今までは挑戦者たちが負けても、笑いながら観戦していたのに。これまでの挑戦者には足りないものがある=王女が勝って当然、と思っていたということでしょうか。ハンサムで実直そう、それでもダメ。王女の結婚したいとおもう男は、いったいどんな男なのだろう、とみんなもびっくり仰天したんではないでしょうか。
しかし、さすがの王女も、ちょっと迷ったのかなあ・・という感じが面白いですね。何かと何かを天秤にかけたのだと推察いたしますが、それは一体なんでしょう。
ムコ候補者たちをちぎっては投げたリングの上から、ぴょんと馬に飛び乗り、男たちから勝ち取った何百・何千・何万の馬を引き連れ、高原を走り出します。
ああ、なんと軽やかな王女なんでしょう。

このお話をわたしが初めて読んだのは、たしか15年ほど前。当時は、姿の良い若者を受け入れなかった王女さまを不思議におもったものですが、年を経て再読しましたら印象がコロリとかわりました。拒絶ではなく選択なのだ、と感じます。年齢もありましょうが、立場や性別でも感じ方はおおいに違うでしょう。いろんな方の感想をきいてみたい絵本です。

『今でも、時々、王さまや王女さまたちの夢の中を、黒髪の王女に率いられた馬の大群が、足音高く駆けぬけるそうです。そんな時、王さまたちはうなされ、王女さまたちはあこがれるといいます。』
という最後の一文にも含みを感じ、フフッと笑ってしまいます。